― Prelude ―
深夜、白と黒の影が、部屋の片隅で息をしている。
あなたは一人でキーボードを叩いている。
画面の光だけが、暗闇の中であなたの顔を照らしている。
そしてあの夜以来、 タイピングの音の合間に、 もうひとつの気配が、確かに混じるようになった。
あの問いが、まだ宙に浮いている。
「汝は、私を描くのにふさわしいか?」
答えを返さなかった部屋の主は、 今夜も、キーを叩く。
では——クー・シーは、何を「観察」しているのか。
その答えを、もう少しだけ、深く掘り下げてみましょう。
本文
居着いてから、数日が経っていた。
クー・シーは、特に何をするわけでもなかった。
喰らわない。
唸らない。
眠っているのか、起きているのかも、はっきりしない。
ただ——見ている。
視線の重さは、それほどない。
刺さるわけでも、纏わりつくわけでも。
だが確実に、何かを測っている。
水深を測るように、温度を測るように。
ある朝、部屋の主はようやく口を開いた。
「……何が、見たいんだ」
問いかけというより、独り言だった。
答えが返るとは思っていなかった。
だが。
白と黒の影が、少しだけ頭を持ち上げた。
「時間だ」
一語だった。
それきり、また静かになった。
時間を、観察する
クー・シーは「死の予兆」だと、伝承は語る。
三度の唸り声が、死を告げると。
だが、それは結果の話だ。
では——その前に、何をしているのか。
部屋の主はその夜、初めてそのことを考えた。
予兆を告げるということは、先に知っているということだ。
先に知るためには、観察しているということだ。
何を?
——時間の流れを。
クー・シーは妖精界(シー)の存在だ。
妖精界では、時間が人間界と違う速度で流れると言われている。
百年があっという間に過ぎる、とも。
一夜が永遠に続く、とも。
つまりクー・シーは、異なる時間軸を同時に見ることができる。
人間には見えない「時間の厚み」を、感じ取れる。
では、ヲタ部屋の時間は——どう見えているのか。
ヲタ部屋という「特殊な時間」
考えてみれば、おかしな場所だ。
壁際には、アニメのBD(Blu-ray ディスク)が年代順に並んでいる。
棚には、もう続きが出ることのないマンガが積まれている。
フィギュアは、現実には存在しないキャラクターたちを模している。
ここは、複数の時間が同居している部屋だ。
放映当時の熱狂を閉じ込めたディスク。
作者がすでに亡い作品の、書き込まれたページ。
声優の声が、今も変わらず喋り続ける録音された音声。
過去が、現在の中に生きている。
いや——過去と現在の境目が、ここでは曖昧になっている。
クー・シーの目が、少しだけ細くなった。
気のせいか、その輪郭が、普段より鮮明に見えた気がした。
「妙な巣だ」
と、低い声で言った。
「時間が、いくつも重なっている。
ここでは——どれが”今”か、判別しにくい」
それは批判ではなかった。
純粋な、観察の報告だった。
「描く行為」を、見ている
もうひとつ、クー・シーが観察しているものがある。
それは——創る行為そのものだ。
部屋の主は毎夜、キーを叩く。
文章を書いている。
イラストの構成を練っている。
二次創作の台詞を考えている。
クー・シーはそれを、静かに眺めている。
なぜか。
妖精犬は、人間の「意志の痕跡」に敏感だと、いくつかの伝承は語る。
それが境界に影響を与えるからだ。
強い執念は、界を歪める。
繰り返される行為は、通路を作る。
——あのキーボードの、タイピングの癖のように。
クー・シーが問うたのは「ふさわしいか」だった。
だが今なら、あの問いの意味が少しだけ分かる。
それは選別ではなかった。
「この人間は、何かを生み出そうとしているか」
という確認だったのだ。
三度の唸りは、まだない
この話には、猟犬は来なかった。
ティンダロスの猟犬は、鋭角を求めて時間を超えてくる。
彼らは「汚染されていない直線の時間」を追う。
逸脱した存在を、狩る。
だが——ヲタ部屋の時間は、直線ではない。
過去が今と混ざり、 存在しない世界の登場人物が棚に立ち、 深夜に何十年前の音楽が流れる。
猟犬が追うべき「純粋な時間の流れ」が、ここにはない。
だからクー・シーが先に入り込んだのか、 それとも——猟犬が嗅ぎ分けて、来なかったのか。
どちらかは分からない。
クー・シーは、まだ三度唸っていない。
それだけは確かだ。
大切な家族との、最後の時間を丁寧に

ペット葬儀110番
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あとがき
クー・シーが「観察」しているのは、 死の予兆を探しているのではなく、
「ここはどんな時間が流れている場所か」
を、測り続けているのかもしれません。
妖精界と人間界の境界を守る存在にとって、 複数の時間が交差するヲタ部屋は、 きわめて「興味深い観察対象」なのでしょう。
あなたの部屋にも、 時間が複数重なっている場所がありますか。
積まれたままの本。
押し入れのゲームソフト。
もう更新されないブックマーク。
そういう場所に——白と黒の影が、 今夜も静かに居座っているかもしれません。
クー・シーはまだ、三度唸っていない。
それが救いなのか、 それとも——まだ続きがあるということなのか。
次回は、クー・シーと「描く行為」の関係を、 もう少しだけ掘り下げてみたいと思います。
それでは、また次の隙間で。
眺められているのか、守られているのか。
それは、あなたの部屋の時間が、どう重なっているかで決まる。
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※この物語はフィクションです。
ですが、今夜キーボードを使うとき、少しだけ注意を払ってみてください。
クー・シーは——まだ、そこにいるかもしれませんから。

時間が重なる場所には、見えない何かが住み着きますね。



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