夢は「眠りの中の物語」なのか
眠りにつくと、私たちは現実から切り離される。
昼間まで確かに存在していた部屋も、道も、人の声も消え、気がつけば見知らぬ場所に立っている。
そこには、もう会えない人がいることもある。
存在しないはずの街を歩くこともある。
過去の出来事が、まったく違う姿で現れることもある。
そして、ときには――目覚めたあとも、その夢だけが妙に残る。
なぜだろう。
夢は、単なる脳内の映像なのだろうか。
『水律伝書』第六章「深水域」において、夢はもう少し別のものとして考えることができる。
深水域とは「忘却されたもの」の海である
『水律伝書』第六章「深水域」は、記憶の海として描かれる。
そこには、私たちが意識的には忘れてしまったものが沈んでいる。
忘れられた歴史。
消えた王国。
存在しなかったはずの神々。
語られなかった未来。
誰にも語られなかった感情。
途中で失われた物語。
そして、本人でさえ覚えていない記憶。
それらは消滅したわけではない。
海底へ沈んでいる。
水面から見えなくなっただけで、深い場所には残っている。
だから「忘れる」ということは、必ずしも「なくなる」ということではない。
むしろ、
見えない場所へ沈むこと
なのだ。
深水域という言葉には、この性質がある。
⁂「忘れられた記憶が、深水域から浮上する現象」⁂
忘れたはずなのに、なぜか知っている。
見たことがない景色なのに、なぜか懐かしい。
会ったことのない人物なのに、なぜか別れを惜しんでいる。
夢とは、そうした「説明できない既視感」が形を持つ場所なのかもしれない。
水面に近い場所には、現在の記憶がある。
少し深く潜れば、過去の記憶がある。
さらに深く潜れば、個人の記憶だけでは説明できないものが現れる。
そして最深部には、
「そもそも、誰の記憶なのかわからないもの」
が沈んでいる。
夢は、その深海から何かが浮上するときに生まれる。
夢は「記憶の映像化」ではなく「浮上」である
夢を、単純に記憶の再生だと考えると、不思議なことが多い。
なぜ、知らない場所が出てくるのか。
なぜ、現実ではありえない人物関係が成立しているのか。
なぜ、時間が逆転するのか。
なぜ、昨日の出来事と十年前の記憶が、一つの風景の中に同時に存在するのか。
それは夢が、記憶をそのまま再生しているのではないからだ。
深水域から浮かび上がってくるものは、海底に沈んだままの形では水面へ届かない。
水流によって形を変え、別のものと混ざり、断片となって浮上する。
夢も同じである。
一つの記憶が、そのまま夢になるのではない。
複数の記憶。
感情。
恐怖。
願望。
忘却。
言葉にならなかったもの。
それらが深水域で混ざり合い、一つの象徴として浮かび上がる。
だから夢の中では、
「これは何の記憶なのだろう」と考えても、簡単には答えが出ない。
そこに現れているのは、記憶そのものではなく、
記憶が変化した姿
だからである。
なぜ夢には「水」が現れるのか
夢について考えるとき、水は非常に重要な象徴になる。
水は、境界を持ちながら境界を固定しない。
地上と海。
現在と過去。
意識と無意識。
生と死。
こちら側と向こう側。
水は、その「あいだ」に存在する。
だから古くから、水は異界への入口として描かれてきた。
川を渡る。
海を越える。
湖の底へ沈む。
井戸を覗く。
雨が降る。
こうした物語では、水は単なる自然物ではない。
世界と世界を隔てる境界であり、同時に、それらをつなぐ道でもある。
『水律伝書』の深水域もまた、その性質を持つ。
水面はこちら側。
水底は向こう側。
そして夢は、その二つを一時的につなぐ。
眠っている間、意識という「水面」が静かになる。
すると、深い場所に沈んでいたものが、ゆっくりと浮かび上がる。
夢とは、
水面に現れる小さな波紋
なのかもしれない。
その波紋だけを見れば、何が起こったのかわからない。
しかし、その下には巨大な水域が広がっている。
「知らない場所」が懐かしい理由
夢の中には、ときどき奇妙な場所が現れる。
行ったことのない駅。
見たことのない家。
存在しないはずの街。
それなのに、そこに立った瞬間、
「ここを知っている」
という感覚がある。
これは、深水域という考え方と非常によく似ている。
夢の風景は、現実のどこか一か所を再現しているとは限らない。
幼いころに見た風景。
昔住んでいた場所。
写真で見た建物。
映画の一場面。
誰かから聞いた話。
忘れていた感情。
そうした断片が重なって、一つの「場所」が作られる。
つまり夢の中の場所とは、
記憶の地図を再構成した場所
なのかもしれない。
だから、現実には存在しない。
しかし、完全な架空でもない。
どこかで見たもの。
どこかで感じたもの。
どこかで失ったもの。
それらが混ざり合っている。
「懐かしいのに知らない」という矛盾した感覚は、そのために生まれる。
」📖-星灯の豆知識-…-用語解説(ᵈ30、メ〈me〉、楔形文字など).jpg)
星灯★✦
夢とは、忘れたはずの記憶が消えたのではなく、深く沈んでいただけだと知らせる、小さな波紋なのかもしれません。
今宵は「深水域」を通じて、その波紋の下に広がる海を、少しだけ覗いてみましょう。




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