サウィンからハロウィンへ|万聖節・ソウリングと変遷の歴史

サウィンからハロウィンへ|万聖節・ソウリングと変遷の歴史 話題
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季節の境界は、
なぜ死者や異界と結びついたのか

10月31日は、ハロウィンです。

仮装やお菓子で親しまれているこの行事の源流の一つが、古代ケルト系の季節祭として知られるサウィン(Samhain)だといわれます。

この記事は、サウィン連載の一編です。

サウィンの起源や異界の伝承、篝火や仮装の古さについては別の回で扱うため、今回はハロウィンの日にあわせて、「サウィンがどのようにハロウィンへ変わっていったのか」に絞ってたどります。

あわせて、連載のきっかけとなったワイルドハントとの共通点も考えます。

 

ハロウィンは何から生まれたのか

現代のハロウィンは、サウィンだけから生まれたものではありません。

古い季節祭、キリスト教の暦、中世以降の民俗習慣、そして近代アメリカの文化が重なり合って成立しました。

 

諸聖人の祝日の起源

キリスト教の側では、609年(一説に608年または610年)5月13日に、教皇ボニファティウス4世が、東ローマ皇帝フォカス(Phocas)から下賜されたローマのパンテオン(Pantheon)を聖堂に改め、聖母マリアと殉教者たちに献堂しました。

これが「聖マリアと殉教者の教会(サンタ・マリア・アド・マルティレス / Santa Maria ad Martyres)」です。

パンテオンはもともと異教の神殿でした。

この日はやがて、聖母と殉教者を記念する祝日として祝われるようになります。

これが、諸聖人の祝日の起源の一つとされています。

その後、8世紀に教皇グレゴリウス3世が、聖ペトロ大聖堂(Basilica di San Pietro in Vaticano)内に諸聖人のための礼拝堂を設けたことが、祝日が11月1日に置かれることに関わったと伝えられます。

のちに、グレゴリウス4世(9世紀)が、この祝日を教会全体へ広めたとされます。

ただし、5月13日の祝日と11月1日の祝日が、どのように結びついたのかは、史料上はっきりしない部分があります。

また、11月1日がサウィンの時期と重なる点については、アイルランド・ケルト圏の暦の影響とする説と、ローマ側の事情とする説があり、決着していません。

教会がサウィンを意図的に「上書き」したとまでは断定できません。

日付が定着した経緯は複雑で、地域ごとの事情も絡んでいます。

 

All Hallows’ Eveから Halloweenへ

こうして11月1日が諸聖人を記念する万聖節(All Saints’ Day)として定着していくと、その前夜を意味する All Hallows’ Eve という表現が生まれ、のちに Halloween という名称へ変化しました。

さらに、11月2日の万霊節(All Souls’ Day)には、死者のために祈る習慣が結びつきました。

 

ソウリングとトリック・オア・トリート

中世以降のイギリスでは、諸聖人の日や万霊節に、貧しい人々や子どもたちが家々を訪ね、死者の魂のために祈る代わりに「ソウルケーキ」と呼ばれる菓子を受け取るソウリング(Souling)という宗教的・伝統的な習慣が記録されています。

ソウルケーキは、干しブドウやスパイスを加えた小さな菓子パンで、表面に十字の印が付けられることもありました。

この習慣は、おもにイングランドの一部地域(チェシャー、シュロップシャー、ランカシャーなど西部・北西部)で記録された習俗です。

ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヴェローナの二紳士(The Two Gentlemen of Verona)』(1590年代前半の作)にも、「ソウリングする者のように嘆く」という趣旨の台詞があり、16世紀末には広く知られていたことがうかがえます。

・・・to speak puling, like a beggar at Hallowmas.
万聖節(ハロウマス)に乞食が泣き言を言うように、めそめそと喋る。

ここで言及されている「万聖節の乞食(beggar at Hallowmas)」は、当時のイギリスの伝統行事である「ソウリング(Souling)」を行う人々のことです。

ソウリングは、のちのトリック・オア・トリートの源流の一つと考えられています。

ただし、アイルランドやスコットランドで行われていた、仮装して家々を回る習俗(マミングやガイジング)や、20世紀の北米での展開も関わっています。

一つの行事から直接生まれたとは言い切れません。

 

アメリカでのハロウィン

アイルランドのジャガイモ飢饉(1845-52)

19世紀には、アイルランドなどからの移民によって、さまざまなハロウィンの風習が北米へ伝わりました。

当時、アイルランドでは「カブ」をくり抜いてランタンを作っていましたが、アメリカで手に入りやすく加工しやすい「カボチャ」で代用されるようになりました。

20世紀〜

やがて仮装、ランタン、菓子を求めて家々を訪ねる習慣が発展し、20世紀には子どもたちを中心とした行事として世界中へと広まっていきます。

現在のハロウィンは、長い時間をかけて形成された複合的な文化です。

 

ワイルドハントとの共通点――冬の夜に現れる異界

ここで、冒頭のワイルドハントに目を向けてみましょう。

ワイルドハントは、ヨーロッパ各地に伝わる、亡霊や超自然的な存在の一団が夜空や大地を疾駆する伝承です。

地域によってはオーディンなどの神格と結びつき、冬の嵐や死の予兆として語られることがあります。

一方、サウィンは夏から冬への移行期に位置づけられ、異界との境界が曖昧になる時間として物語に登場します。

両者に共通するのは、冬という季節の到来と、人間の世界の外側にある存在への意識です。

ただし、ワイルドハントの伝承は広い地域に分布し、サウィンは主としてゲール語圏の伝統に属します。

両者は異なる地域的・歴史的背景を持つため、同じ祭りや同じ神話の変形とみなすことはできません。

それでも、暗く長い冬を迎えるヨーロッパの人々が、季節の変化を異界の接近と結びつけて語ったことは、比較神話や民俗学の視点から興味深い問題です。

冬は単なる寒い季節ではありません。

作物の成長が止まり、日照時間が短くなり、人々が自然の厳しさを強く意識する季節でもあります。

その境界に、死者や妖精、神々の姿を見いだした伝承があるのです。

 

おわりに――境界の夜が語り継いできたもの

サウィンは、夏の終わりと冬の始まりを告げる季節の節目でした。

そこには収穫と冬支度だけでなく、人間の世界と異界が接近するという伝承も重なっています。

時代が変わり、宗教が変わり、祭りの姿が変化しても、季節の境界に特別な意味を見いだす感覚は、さまざまな形で受け継がれてきました。

現代のハロウィンでは、仮装やお菓子、華やかな飾りが中心となっています。

けれども、その背景をたどれば、暗闇の訪れを前にした人々の畏れや、目に見えない世界への想像が見えてきます。

サウィンは、死者の祭りという一言では語り尽くせません。

それは、季節が移り変わるとき、人間が世界の境界をどのように感じ、物語として表現してきたのかを考えさせる祭りです。

サウィンそのものの起源や、『ネラの冒険』に見る異界の伝承、篝火や仮装の古さについては、連載の他の回で順次取り上げます。

参考資料
Ronald Hutton, The Stations of the Sun: A History of the Ritual Year in Britain, Oxford University Press, 1996.
Nicholas Rogers, Halloween: From Pagan Ritual to Party Night, Oxford University Press, 2002.
Encyclopaedia Britannica, “Samhain” および “Halloween“

※古代の祭礼については史料が限られるため、中世文学、後世の民俗伝承、近現代の解釈を区別して紹介しています。

 

星灯✭

祭りは名前を変えながら、
暗がりの前で灯りをともす人の手を、
ずっと覚えている。

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