サウィン祭とは?ハロウィンの原型といわれる祭りはいつ始まったのか

サウィン祭とは?ハロウィンの原型といわれる祭りはいつ始まったのか 話題
霧の谷と古代石碑の夜
PR

名称、暦、いつ始まったか
夏の終わりと冬の始まりを告げる季節祭

はじめに――ワイルドハントからサウィン祭へ

ヨーロッパ各地には、死者や精霊たちが夜空を駆け抜ける「ワイルドハント」という不思議な伝承があります。

ワイルドハントについて調べるなかで、冬の訪れや死者の世界と深く関わる、もう一つの古い祭りに関心を持ちました。

それが、古代ケルトの季節祭として知られるサウィン祭(Samhain)です。

ワイルドハントとサウィン祭は、必ずしも直接的な起源を共有するわけではありません。

しかし、季節の変わり目、死者の訪れ、そして人間の世界と異界との境界という点で、興味深い共通性があります。

この連載では、現代のハロウィンの源流の一つともいわれるサウィン祭について、その歴史と伝承を4回に分けてたどります。

今回は、サウィンとは何か、そしていつ始まったのかを見ていきます。

 

サウィン祭とは何か

サウィン(Samhain)は、アイルランドを中心とするゲール語圏に伝わる、夏の終わりと冬の始まりを告げる季節祭です。

一般に10月31日の日没から11月1日にかけて祝われる祭りとして知られています。
ケルトの暦では、日没が一日の始まりと考えられていました。

古代アイルランドでは、一年を大きく夏と冬の二つの季節に分けて考えていたとされ、サウィンはその転換点に位置づけられました。

夏の豊かさが終わり、寒さと暗闇が支配する冬へと移り変わる時期です。

 

収穫と冬支度の節目

サウィンは、神秘的な行事であるだけでなく、現実的な暮らしの節目でもありました。

冬を越せない家畜を屠って保存食にし、収穫を分け合い、共同体が集まる時期だったと考えられています。

収穫祭

また、この時期は、一年の最後の収穫を祝い、冬への備えを確かめる祝祭でもありました。

 

名称と「新年」をめぐる注意点

サウィンはしばしば「夏の終わり」と説明されます。

ただし、その名称の正確な語源については議論があり、「夏(sam)」と「終わり(fuin)」を組み合わせた言葉と断定することはできません。

また、ケルトの新年に相当したと紹介されることもありますが、古代ケルト社会のすべてで統一された新年の祭りだったと確認されているわけではありません。

それでも、サウィンが一年の重要な節目であったことは、アイルランドの中世文学や後世の民俗伝承からうかがえます。

 

サウィンはいつ始まったのか

コリニー暦とサウィンの関係

遺物・文献の年代

サウィンがいつ始まったのかは、はっきりしていません。

確認できる最古級の手がかりは、ガリア(現在のフランス)で見つかった「コリニー暦」です。

コリニー暦は、紀元後2世紀ごろの青銅板の断片で、1897年にフランス南東部のコリニーで出土しました。

大型青銅製タブレットの断片です。
縁が付いた状態では、幅143cm×高さ88cm。
現在はリヨンの博物館にあります。

言語は古代ケルトの「ガリア語」ですが、文字はラテン文字(ローマ文字)で刻まれています。

約5年分の月を並べた暦で、ローマ支配下でもケルト系(ドルイド)の伝統的な時間の数え方が残っていたことを示す貴重な考古学資料です。

言語的なつながり

この暦には、「サモニオス(Samonios)」という月名があります。
最初の方の月で、11月にあたります。

アイルランドのサウィン(古アイルランド語ではSamain)と語が似ており、同じ系統の言葉とする見方が有力です。

これらはどちらも、印欧祖語で「夏」を意味する semo-(ケルト祖語で sam-)に由来しております。

  • アイルランド語の samrad やガリア語 samon はケルト暦で暖かい季節を意味する。

それに関わる「三夜」の記載があります。
これをサウィンと結びつける説は有力ですが、同一の祭りだと確定してはいません。

暦学的なつながり

ケルトの文化では、1年を「太陽の季節(夏/サモン)」と「闇の季節(冬/ギアモン)」に2分割します。

コリニー暦の「サモニオス(1番目の月)」は、まさにこの「闇の半年(冬)」が始まる最初の日(=ケルトの新年)にあたります。

アイルランドの伝承では、それぞれをまた2分割し、その節目ごとに祝日が設定され、4つの季節祭が定められた。
11月1日のサウィン(Samhain)、春(2月1日)を「インボルク(Imbolc))」、夏(5月)を「ベルティネ(Bealtaine)」、そして秋(8月)を「ルーナサ(Lughnasadh)」という。

ただし、コリニー暦の中に「サウィン」という名の祭りが直接書かれているわけではなく、両者を同一の祭りと確定することはできません。

一方、サウィンという名の祭りが明確に記されるのは、9世紀から10世紀ごろの中世アイルランドの文献からです。

『ネラの冒険』などの物語や、語彙集・注釈類に現れます。

ただし、写本が書かれた年代と、物語の内容がどれほど古いかは、別の問題です。

 

遺跡との結びつき

考古学では、ミース県のタラやウォードの丘(トラハタ)などの遺跡が、サウィンと結びつけて語られます。

しかし、遺跡の年代と、そこでサウィンの祭りが行われたことを直接示す証拠は、別のものです。

新石器時代の墳墓が、サウィンの時期の日の出に合わせて造られたという説もありますが、推測の域を出ません。

 

分かっていること、分かっていないこと

「紀元前からケルト人がサウィンを祝っていた」という説明は、史料では裏づけられていません。

ロナルド・ハットンは、古代ブリテン諸島の広い地域に共通する祭りがあったとは言いにくいと指摘しています。

先史時代から続く季節の節目が背景にあった可能性はあります。

しかし、サウィンの起源を「古代ケルトの紀元前の祭り」と断定することはできません。

 

おわりに

サウィンは、夏から冬へ移る季節の節目として、人々の暮らしに根づいた祭りでした。

その起源は霧の中にありますが、だからこそ、確かな史料と後世の伝承を区別して読むことが大切です。

次回は、サウィンの夜に人間の世界と異界が近づくという伝承を、アイルランド神話『ネラの冒険』とともに見ていきます。

参考資料
James MacKillop, A Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998.
Ronald Hutton, The Stations of the Sun: A History of the Ritual Year in Britain, Oxford University Press, 1996.
Encyclopaedia Britannica, “Samhain“

※古代の祭礼については史料が限られるため、中世文学、後世の民俗伝承、近現代の解釈を区別して紹介しています。

 

星灯✭

いつ始まったのかは、霧の向こう。

それでも夏が終わるたび、人は灯りのありかを探してきた。

 

コメント