シエルはカルペ・ディエムなのか? ――「今を生きよ」と復讐者の矛盾

シエルはカルペ・ディエムなのか? ――「今を生きよ」と復讐者の矛盾 アニメブログ記事
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これは実は、アンダーテイカーの「メメント・モリ」と対になる考察テーマです。

結論から言うと、

シエルはカルペ・ディエムそのものではない。
しかし、
『黒執事』という作品の中で最もカルペ・ディエムに近い生き方をしている人物のひとりです。

カルペ・ディエム(Carpe Diem)

ラテン語で
「今この瞬間を摘め」
「今日を生きよ」

という意味を持つ言葉です。

一見すると、
シエル・ファントムハイヴとは正反対に見えます。

なぜなら彼は、
未来へ向かって生きているのではなく、

過去に囚われている人物

だからです。

しかし、その表面的な印象だけでは
シエルの本質は見えてきません。

カルペ・ディエムの本来の意味

現代では

「人生を楽しめ」
「好きなことをしよう」

という意味で使われがちです。

しかし古代ローマの思想では少し違います。

カルペ・ディエムの背景には、
人間はいつ死ぬかわからない
という前提があります。

つまり、
明日を保証するな、
永遠を期待するな、
今できることを行え
という思想です。

実はこれ、メメント・モリと兄弟のような概念です。

 

シエルは死を知っている

シエルは幼い頃に、
家族を失い、
誘拐され、
儀式の犠牲となり、
自ら悪魔と契約した
人物です。

彼ほど死を身近に見た者は
作中でも多くありません。

だから彼は、
一般人のように
「未来は続く」と考えません。

むしろ常に、
明日など来ないかもしれない
という感覚で生きています。

 

シエルは未来を夢見ない

ここが重要です。

シエルには夢がありません。
理想の老後もない。
結婚願望もない。
幸福な未来図もない。

あるのはただ一つ。

復讐の完遂。

彼は人生を「計画」しているように見えて、
実際には違います。

彼が持っているのは未来設計ではなく、期限付きの目的です。

 

だから彼はカルペ・ディエムに近い

皮肉なことに、

未来を信じない人間ほど
現在に集中します。

シエルはまさにそうです。

彼は、一手一手を読む、今日の仕事を終える、今の敵を倒すことに全力を注ぐ。

彼にとって重要なのは

十年後ではない。
今日だ。

 

しかし彼は本当のカルペ・ディエムではない

ここで大きな矛盾が生まれます。

カルペ・ディエムは

「今を味わえ」

という思想です。

しかしシエルは

今を味わっていません。
彼は今を利用している。

今日という日は、明日のためではなく、
復讐のための手段になっている。

つまり彼は

今を生きているようで、
今を生きていない。

 

セバスチャンとの対比

この視点で見ると、むしろカルペ・ディエムに近いのは
セバスチャンです。

悪魔である彼は永遠に近い存在です。

だから人間の一瞬に価値を見出す。

紅茶も。
食事も。
芸術も。
遊戯も。

彼は人間の「有限性」を味わっています。

一方シエルは、

有限だからこそ
味わうことを忘れている。

ここに主従の皮肉があります。

 

アンダーテイカーとの三角構造

この構図はさらに面白い。

 

アンダーテイカー

死を手放せない者

シエル

死を背負って進む者

セバスチャン

死を観察する者

この三人はそれぞれ、死との距離が違う。
だから物語の緊張感が生まれる。

 

結論

シエルはカルペ・ディエムではない。

だが、

彼ほど「明日は保証されていない」という事実を知っている人物もいない。

彼は今を楽しむためではなく、
今を使い切るために生きている。

だからシエルの人生は、

カルペ・ディエムの光ではなく、
その影に近い。

「今日を摘め」ではなく、
「今日を燃やせ」。

それがシエル・ファントムハイヴという少年の生き方なのかもしれません。

 

azuki
azuki

復讐は悪いことか、必要なことか。

程度の差もある、難解な計算。

その自問自答を何回も繰り返す。

苦しみながら考える、最も難しいこと。

 

 

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