『黒執事』
Aleister Chamber
『黒執事』の世界には、「美」と「悪」が同じ器に注がれたようなキャラクターが何人か存在しますが、ドルイット子爵――本名アレイスト・チェンバーほど、その振れ幅が極端な人物は少ないかもしれません。

今日は、ヴィクトリア朝の社交界に潜む、ひとりの伊達男についてお話ししましょうか。
星灯がそう静かに切り出します。
プラチナブロンドの髪、整いすぎた美貌、そして医大を卒業していながら医師としては働かないという肩書き。
彼は美と食と芸術を愛する表現豊かな伊達男として社交界に君臨し、女性から絶大な人気を誇ります。
コミカルな言動で視聴者を笑わせる一方、その裏には黒魔術への傾倒、闇オークションの主催、人身売買という重い犯罪歴が潜んでいます。

星灯✭❈
以前ご紹介したバーネット男爵や、フレッド・アバーライン、エドワード・アバーライン兄弟もそうでしたが、『黒執事』という作品は、実在の歴史的モチーフや貴族制度の裏側を、ひとりひとりのキャラクターに背負わせるのが本当に上手ですね。
ドルイット子爵もまた、その系譜に連なる人物だと思います。
初登場は「その執事、酔狂」
アニメ第1期第4話「その執事、酔狂」で、切り裂きジャック事件の捜査線上に浮かび上がる形で初登場します。
原作漫画での初登場は第2巻。
シリーズを重ねるごとに、「寄宿学校編」第5話など、各期のエピソードに再登場を果たしており、『黒執事』という作品世界における「常連の悪役」としての地位を確立しています。
美へのこだわりが生む「駒鳥」というあだ名
ドルイット子爵の最も印象的な奇行のひとつが、女装したシエルを見つけては「駒鳥(こまどり)」と呼びながら追い回す場面です。
彼が口にする「駒鳥」とは、ヨーロッパコマドリ(European Robin)のことを指しています。

星灯より✭❈
イギリスで単に『ロビン』と言えば、このヨーロッパコマドリのことなんですよ。
胸元の赤い模様が特徴で、実質的な国鳥として親しまれているくらい、国民的な存在なんです。
見た目はシマエナガにも通じる愛らしさがあって……
ちなみに日本の『コマドリ』はLarvivora akahigeという別種なので、少しややこしいですね。
美しいものであれば老若男女を問わず惹かれるというドルイット子爵の性質を考えると、シエルを「駒鳥」と呼ぶ行為は、単なる思いつきのあだ名というより、彼の中の「美の基準」がそのまま言葉になった瞬間だと言えるかもしれません。
イギリス人にとって最も馴染み深い小鳥の名を、最も執着する対象に贈る――そこに彼なりの最大級の賛辞が込められているようにも見えます。
ギャップの魔力
「覗き込むと足がすくむような倒錯」
奥にはシエルらしき人影も・・・
子供から大人まで、美しければ性別も問わず好むという奔放さから「変態」と評されることもある彼ですが、その一方で美・食・芸術への愛好は本物であり、単なる悪役では終わらないキャラクター造形がなされています。
コミカルな一面が強く支持される背景には、声優・鈴木達央さんの演技が原作のキャラクター像に影響を与えたという事情もあると言われています。
作品を彩る楽曲面でも、『黒執事Ⅱ』のキャラクターソングとして「背徳ワンダーランド」「人生には愛と奏でと、航海と」の2曲が「堕子爵、美唱」に存在し、いずれもタイトルからしてドルイット子爵という人物の「耽美」と「背徳」の二面性を象徴しているようです。
おわりに
社交界の華やかさと、闇オークションという犯罪の影。
表向きの美学と、覗き込むと足がすくむような倒錯。
ドルイット子爵というキャラクターは、その両方を同時に抱え込むことで、『黒執事』という作品が持つ「美しいヴィクトリア朝の裏側」というテーマを、誰よりも体現している存在なのかもしれません。

星灯✭❈
バーネット男爵の記事、アバーライン兄弟の記事とあわせて読んでいただくと、『黒執事』という作品がどれほど緻密に人物を配置しているか、きっと見えてくるはずです。
星灯はそう言って、そっと羽を畳みました。





コメント