洪水神話の舟はなぜ違う?アトラ・ハシース/ギルガメシュ/創世記を比較

洪水神話の舟はなぜ違う?アトラ・ハシース/ギルガメシュ/創世記を比較 話題
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第1回:洪水神話への問い──三つのテキストを並べる
洪水神話の「舟」はなぜ形を変えたのか?

洪水によって世界が水に覆われる。

その洪水から、ひとりの人間とその家族、そして動物たちが舟に乗って生き残る。

そして洪水が終わりに近づいたとき、舟の外へ鳥が放たれる。

この一連の物語は、古代メソポタミアの洪水神話から旧約聖書の『創世記』に至るまで、驚くほどよく似た形で繰り返されています。

しかし、細部を見ると、そこには非常に興味深い変化があります。

特に注目したいのが、

  • 舟の形
  • 舟の内部構造
  • 洪水が終わったかを確認する鳥
  • 鳥が戻ってくるか、戻ってこないか
  • その鳥に与えられた意味

です。

最古層に近いメソポタミアの洪水物語では、舟は現実の河川文化を思わせる円形の舟として描かれます。

ところが『ギルガメシュ叙事詩』では、それが巨大な立方体になります。

そして『創世記』のノアの箱舟では、長さと幅と高さの比率を持つ細長い箱型の舟へと変化します。

さらに鳥の場面では、メソポタミアの物語に登場するカラスと、聖書で印象的に描かれるハトとの違いが、物語の価値観そのものを映し出します。

これは単なる「舟の設計変更」ではありません。

洪水という同じ出来事を、異なる文化がどのように意味づけ直したのか。

そこに、この三つの物語を比較する面白さがあります。

三つの洪水物語

円形の舟・立方体の舟・ノアの箱舟と、陸地を探す鳥の物語
「舟の形」「鳥」という着眼点を提示する導入回

  • 基本情報:『アトラ・ハシース』/『ギルガメシュ』/『創世記』の時代・言語・著者情報
  • 三つのテキストの素性を紹介
  • 舟の形の変遷(円形→立方体→箱型)と鳥の順序(ハト→ツバメ→カラス/カラス→ハト×3)の対比という骨格

三つの洪水物語

比較する中心となるのは、次の三つです。

 

『アトラ・ハシース叙事詩』

基本情報
時代:紀元前18世紀頃(古バビロニア時代: BC.2004-1595)
※イシン・ラルサ時代(c.2004-c.1763B.C.)
バビロン第一王朝(古バビロニア王国、BC.1830-1595)
c.f. ハンムラビ法典(ハムラビ王 在位c.1792-c.1750B.C. が晩年に発布した法典)
言語:アッカド語
記録:3枚の粘土板
内容:人間の創造や、大洪水と主人公アトラ・ハシース(アトラム・ハシース / Atra-m-hasis)の物語

古代メソポタミアの洪水神話です。

人類の増加と騒音などをめぐって神々が人間を滅ぼそうとし、その計画を知ったエア(エンキ)がアトラ・ハシースに舟を造るよう警告します。

『アトラ・ハシース』は、現存する資料から知られるメソポタミア洪水伝承の重要な古層のひとつであり、後の『ギルガメシュ叙事詩』第11書板の洪水物語とも深い関係を持っています。

研究上、『ギルガメシュ』の洪水物語は『アトラ・ハシース』など、より古いメソポタミアの伝承を背景としていると考えられています。

 

『ギルガメシュ叙事詩』第11書板

  • 前1300〜1200年頃編纂(BC.1365-934: 中アッシリア時代)
  • 「標準バビロニア語」で記されている「標準版」
  • 12枚の書版
  • 新アッシリア時代(BC.934-609)のアッシュルバニパルの図書館から出土
  • 原題:『深淵を覗き見た人』/『すべてを見たるひと』

粘土版 11
洪水物語

ギルガメシュが不死を求めて訪ねたウトナピシュティムが、自分がなぜ神々の集まりに加わることになったのかを語る中で、洪水の物語が回想されます。

ここでは舟の形状が非常に具体的に記されています。

その形は驚くべきものでした。

正方形の巨大な舟、つまり立方体です。

 

『創世記』のノアの箱舟

  • Genesis (Hebraea: בראשית/ベレシート)
  • モーセ五書(תורה/トーラー)の一番目
  • 著者
    Moses (מֹשֶׁה) : 紀元前15世紀または紀元前13世紀に活躍した民族指導者、聖人、預言者。
    早期説(列王記上 6:1 系の出エジプト前1446年説)では、「誕生」は紀元前16世紀(前1526年頃)、指導者としての出エジプト〜約束の地到達の活躍は紀元前15世紀。

    高等批評(21C)では、モーセ五書は、紀元前10世紀頃からの口伝や断片的文書の蓄積を経て、様々な資料を基に複数の書記官によって段階的に統合され、紀元前6-5世紀のバビロン捕囚〜帰還期にかけて、現在の形にまとまったと考えられている。

『創世記』6~9章では、神がノアに箱舟を造るよう命じます。

長さ300キュビト、幅50キュビト、高さ30キュビト。

つまり、

長さ:幅:高さ=10:1.67:1

という細長い箱型です。

この比率は、少なくとも『ギルガメシュ叙事詩』の完全な立方体とは大きく異なっています。

3階建てで、現代の大型船舶(全長と幅の比率が6:1)に非常に近い、波に最も強いとされる極めて合理的な黄金比率で設計されています。

ただし、これを「古代の船として科学的に最適な黄金比」と断定するのは適切ではありません。

むしろ重要なのは、聖書の箱舟が、上下左右がすべて同じ巨大な立方体ではなく、明確な長さ・幅・高さを持つ細長い容器として描かれていることです。

次回は、舟そのものの「形」——円形・立方体・箱型——を順に見ていきます。

 

星灯🌙❈

舟の形は変わっても、洪水のあとに人が探していたものは、いつも同じだったのかもしれません。

――もう一度、世界が生きられる場所になったという、小さな徴を。

 

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