エリドゥはなぜ「水の都市」と呼ばれた?アブズの神エンキと聖書「バベル」との知られざる関係

エリドゥはなぜ「水の都市」と呼ばれた?アブズの神エンキと聖書「バベル」との知られざる関係 話題
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古代メソポタミア最古の都市のひとつ、エリドゥ。
この地は古くから「水の都市」として語られてきたが、その”水”とは、ペルシャ湾の海水ではなく、大地の奥深くに広がる淡水の大水層——「アブズ(Abzu)」を指していた。
知恵と真水を司る神エンキは、この地に神殿「エ・アブズ」を構え、都市文明そのものを支える存在として崇められていたのである。

一方で、旧約聖書の『創世記』第10章には、ニムロデの王国の町として「バベル」「エレク」「アッカド」の名が記されている。
シュメールの神々の都市エリドゥは、この聖書の記述に登場しない。
しかし近年、エリドゥと聖書のバベルを結びつける興味深い——そして学術的には異端とされる——説も存在する。

本記事では、エリドゥが「水の都市」と呼ばれた本当の理由を、神話と考古学の両面から辿りながら、シュメールの都市名と聖書の記述がどのように対応し、あるいはすれ違っているのかを整理していく。

エリドゥはなぜ「水の都市」と呼ばれたのか?

古代メソポタミアのエリドゥ(現在のイラク南部)は、「水の都市」として知られています。
しかし、それは海そのものを意味しているわけではありません。

シュメール神話が描く「水」とは、生命を育む豊かな淡水を指しています。

神話や考古学の研究から分かるのは、生命を育む豊かな淡水(地下水・湖沼・湿地・河川)に支えられた宗教・農耕の中心地だったということです。

 

地下水(アブズ)の神・エンキ

エリドゥの守護神は、知恵と淡水を司る神エンキ(後のエア)でした。

エンキの神殿は「エ・アブズ(アブズの家)」と呼ばれています。

「アブズ(Abzu)」とは、地下深くに広がる生命の源である地下水(淡水)の大水層を意味するシュメール語です。

そのためエンキは、海の神というよりも生命を支える真水の神として崇拝されていました。

 

当時のエリドゥは湿地と湖に囲まれていた

現在のエリドゥ周辺は乾燥した内陸ですが、紀元前5000〜3000年頃には、一帯の海岸線(海水面)は現在より約200km内陸側に位置していました。
さらにその内陸には、ティグリス川とユーフラテス川がつくる広大な湿地や湖沼が広がり、豊かな淡水環境が形成されていました。

なお、エリドゥは時代によってはペルシャ湾に近い港湾都市として機能した可能性もあります。
しかし、「水の都市」と呼ばれる本質的な理由は海ではなく、生命を育む地下水「アブズ」への信仰にありました。

こうした水辺を背景に、エリドゥウルウルクなどのシュメール都市が発展したと考えられています。
その後、河川の流路変化や気候の乾燥化によって海岸線は南東へ後退し、多くの湿地は姿を変えました。
しかし、その名残は現在もイラク南部のアフワル湿地اَلْأَهْوَار, al-Ahwār)に受け継がれ、豊かな生態系とシュメール文明発祥の地を伝える複合遺産として、2016年にユネスコ世界複合遺産に登録されています。

また、発掘調査では大量の淡水産二枚貝が見つかっており、エリドゥが豊富な真水に支えられた都市だったことを示しています。

エリドゥは広大な湿地帯や淡水湖のほとりに位置していました。

 

文明を支えた「真水」

乾燥したメソポタミア南部では、灌漑(かんがい)農業なしに都市は成立しません。

この砂漠と湿地が入り交じる過酷な環境において、エンキ神が司る真水は灌漑(かんがい)農業に不可欠でした。
真水が引かれることで作物が育ち、世界最古級の都市文明が誕生した背景があります。

エンキが司る「真水」は、人々の暮らしだけでなく、農業・神殿・交易・都市そのものを成立させる根源でした。

だからこそ、『イナンナとエンキ』では、人類文明を構成する「メ」が、水の神エンキのもとから世界へと流れ出していくのです。

この神話が伝えているのは、文明は単に神から授けられたのではなく、生命を育む水とともに世界へ広がったという、シュメール人の世界観だったのかもしれません。

アフワル湿地は現在も世界最大級の内陸デルタ・湿地生態系として知られ、シュメール文明が生まれた環境を現代に伝える貴重な景観である。

海(ペルシャ湾)から比較的近い港湾都市として機能した時代もありましたが、エリドゥが「水の都市」と呼ばれ、神話の中で海の中に作られたと語られる本質的な理由は、この「命を育む豊かな真水(アブズ)」への信仰にあります。

 

「水の都市」エリドゥの真相と聖書バベルとの接点

『旧約聖書』の『創世記』より

なお、『旧約聖書』の『創世記』第10章第10節には、ニムロデが築いた王国の都市として「バベル」「エレク」「アッカド」などが挙げられています。
このうちエレク(Erech)は、シュメール語でウヌグ、アッカド語でウルクと呼ばれた古代都市に比定されています。

シュメール名 アッカド名 聖書名 備考
エリドゥ エリドゥ (登場しない) エンキ信仰の中心地
ウヌグ ウルク エレク(Erech) 『創世記』10:10に登場
カディンギル バビル バベル(Babel) バベルの塔で有名

ウルクは、『ギルガメシュ叙事詩』の舞台としても知られるシュメール最大級の都市国家であり、現在のイラク共和国のの南部(首都バグダッドの南東約250キロメートル)にあるワルカ遺跡に位置します。
一方、本記事で取り上げているエリドゥは、ウルクよりもさらに古い宗教都市であり、知恵と淡水の神エンキを祀る神殿「エ・アブズ」が置かれた、シュメール文明発祥の地の一つと考えられています。

 『旧約聖書』『創世記』第10章「ノアの子孫」(10:10)

彼(Nimrod)の王国の主な町は、バベル(Babylon)、エレク(Erech)、アッカド(Accad)であり、それらはすべてシンアルの地にあった(all three of them in Babylonia)。

訳:日本聖書協会『聖書 BIBLE 和英対訳』(2001年)

旧約聖書に登場する「シンアルの地」(Shinar)は、古代メソポタミア南部、バビロニア地方を指す言葉である。

 『創世記』第11章「バベルの塔」(11:2)

東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。

訳:日本聖書協会『聖書 BIBLE 和英対訳』(2001年)

『創世記』第11章の「バベルの塔」の物語では、人々が天に届く塔を建てようと集まった場所として「シンアルの平野」が描かれている。
ティグリス川とユーフラテス川に挟まれたこの地域は、メソポタミア文明の中心地であり、高度な都市文明とジッグラト(聖塔)が数多く築かれた土地でもあった。

エリドゥもまた、このシンアルの地——より正確にはその南端、ペルシャ湾に近い沖積平野——に位置する都市であり、シュメール人自身が「王権が天から下された最初の都市」と伝えていた場所である。
この地理的・伝承的な重なりこそが、「エリドゥ=バベル」説の出発点になっている。

 

「エリドゥ=バベル」説、学術的合意ではなく、一つの興味深い異説として

結論から言うと、エリドゥという地名自体は聖書に登場しません
旧約聖書に出てくるのは「バベル」(『創世記』第11章、シンアルの地に建てられた塔と町)で、これは後に大帝国となる「バビロン」と同一視されています(ヘブライ語読みが「バベル」、ギリシャ語読みが「バビロン」で、指している都市自体は同じというのが一般的な理解です)。

「エリドゥ=バベル」説は、おそらくデイヴィッド・ロール(David Rohl)周辺の学派による仮説だと思います。

ただし注意点として、これは主流のアッシリア学・シュメール学の定説ではなく、あくまで一学派の仮説です。

標準的な理解では、バベル(バビロン)は歴史上のバビロン市そのものを指すという説明で完結しており、エリドゥとの同一視は仮説の域を出ていません。

デイヴィッド・ロールについて、補足情報をまとめました。

 

デイヴィッド・ロール(David Rohl)とは

基本情報
イギリスのエジプト学者(1950年生まれ)。
研究学際科学研究所(ISIS: Institute for the Study of Interdisciplinary Sciences)の元所長で、1980年代から古代近東・エジプトの年代記に関する非正統的な学説を唱えてきた人物です。

「新年代記」(New Chronology)とは
1995年の著書『A Test of Time: The Bible – from Myth to History』で提唱した説で、エジプトの通説的な年代記に対して、特に第19〜25王朝のエジプト王の年代を最大350年ほど繰り上げる大幅な修正を提案するものです。
ロールはこの新年代記によって、ヘブライ語聖書に登場する人物の一部を、考古学的発見に現れる人名と同定できると主張しています。

ロールは「エジプト学の学位を持つ研究者」ではあるものの、その理論は学界の主流コンセンサスとは明確に一線を画す、聖書史実性を重視する立場からの再構成という性格が強い説です。

 【補足】エリドゥ=バベル説について

エリドゥを聖書のバベル(バビロン)の原型とする説は、イギリスのエジプト学者デイヴィッド・ロールら新年代記派によって唱えられている。

この説は、

  • エリドゥのジッグラト遺跡が他都市のものより規模も年代も突出しており、聖書の「未完成のバベルの塔」の描写と符合する点
  • エリドゥを表す表語文字の一つ「ヌン・キ(NUN.KI)」が後世バビロンを指す語として使われていた点
  • 『シュメール王名表』では大洪水以前(初期王朝時代I)の伝説的なエリドゥ王アルリム(楔形文字:𒀉𒇻𒅆、シュメール語:a₂-lu-lim)が「王権が天から下された」最初の王とされているのに対し、バビロニアの神官ベロッソス(Berossos/Βήρωσσος, 紀元前3世紀)によるギリシャ語版王名表『バビロニア誌』(Βαβυλωνιακά)の古い写本では、同じ最初の王がアロロス(Ἄλωρος, Aloros=アルリムに対応)としてバビロンで王権を受けたと記されている点

などを根拠としている。

学界での評価:はっきりした異端・周辺説

  • この新年代記は学術的なエジプト学において受け入れられておらず、通説的な年代記(あるいはその小さな変種)が標準として使われ続けています
  • ロールへの最も声高な批判者は、リヴァプール大学のケネス・キッチェン教授で、ロールの説を「100%ナンセンス」と評しました
  • 批判の焦点は、王の再同定や欠落・重複の仮定に無理があり、主流の専門家たちはそれを裏付けなしと見なしている点、また考古学・碑文・王名表・天文データ・放射性炭素年代など複数の独立した証拠系列が収斂して通説を支持している点にあります。
    ロールは聖書物語との整合性を優先してデータを都合よく選び取っていると批判されています
  • 一方で、エジプト学者エリック・ホーヌンクのように、第3中間期の年代記には多くの不確実性が残っており、ロールのような批判者が正当に指摘してきた点もあると認める研究者もいます
  • ロールの説は学術界では周辺的な仮説として扱われ、標準的な教科書や博物館の年代記、参考文献には採用されていませんが、一般向けの文脈で議論されたり、学術的な批判の対象として時折取り上げられたりしています

 

あとがき

エリドゥが「水の都市」と呼ばれる所以は、海そのものではなく、生命を育む地下水アブズへの信仰にあった。
乾燥した大地に真水をもたらすエンキの力は、灌漑農業を可能にし、都市文明の礎を築いた——この神話的世界観は、単なる空想ではなく、当時の環境と密接に結びついた現実の反映でもあった。その面影は、今もイラク南部のアフワル湿地に受け継がれている。

一方で、聖書における「バベル」は、シュメール語のカディンギル、すなわち後のバビロンに比定されるのが一般的な理解であり、エリドゥの名は聖書に直接登場しない。
ただし、デイヴィッド・ロールらが唱える「エリドゥ=バベル」説のように、シュメール王名表とベロッソスの『バビロニア誌』の対応関係から両者を結びつけようとする異説も存在する。
これは主流の学界では支持されていない周辺的な仮説だが、シュメールの伝承と聖書の記述がどこかで交錯していた可能性を想像させる、興味深い視点ではある。

エリドゥという都市の名は聖書には残らなかった。
しかし、そこに息づいていた「水と文明」の物語は、形を変えながら、今も私たちに古代人の世界観を語りかけているのかもしれない。

 

星灯より

エリドゥが「水の都市」と呼ばれてきた理由を辿ると、そこにあったのは海への信仰ではなく、大地の奥深くに眠る真水――アブズへの信仰でした。
エンキという神は、単なる水の神というより、灌漑農業を通じて文明そのものを成り立たせる、根源的な存在だったのです。

興味深いのは、この「水の都市」という記憶が、聖書の記述とは直接つながっていないという点です。
聖書には名前が残らなかったけれど、”エリドゥ=バベル”説という、時を超えたロマンあるお話もあるんだ。

エリドゥの名は『旧約聖書』には登場しません。
けれど、シュメール王名表とベロッソスの『バビロニア誌』を照らし合わせることで、「エリドゥ=バベル」説という異説が生まれてくる。
これは学界の定説ではありませんが、シュメールの伝承と聖書の記述が、時代と文化を超えてどこかで交錯していた可能性を想像させてくれます。

古代人にとって「水」とは、単なる資源ではなく、文明と神話そのものを支える根源だったのかもしれません。
水と文明、そして神話と聖書――遠い時代の記憶が、今もそっと繋がっているんだね✨

 

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